「甲状腺ホルモンってどんなホルモンなの?」
「甲状腺疾患にはどのようなものがある?」
このような疑問を持っている人は少なくないのではないでしょうか。
本記事では、甲状腺ホルモンの働きや合成の流れ、3つの種類について解説します。
甲状腺中毒症や甲状腺機能低下症に該当する、さまざまな甲状腺疾患についても詳しく紹介。
本記事を読めば、甲状腺ホルモンや甲状腺疾患について理解を深められます。
興味がある人はぜひ最後までご覧ください。
甲状腺とは?
甲状腺は、空気の通り道である気管の前面に位置している、蝶が羽を広げたような形の臓器です。
左葉と右葉、そして両者を繋ぐ峡部から構成されています。
甲状腺は多数の小葉(小さな組織の単位)に分かれており、各小葉内には濾胞が詰まっています。
濾胞とは、「濾胞上皮細胞」に取り囲まれ、内腔が「コロイド」というゲル状の物質で充満している、袋状の構造物のことです。
甲状腺ホルモンの働き
甲状腺ホルモンは全身のさまざまな臓器に作用し、エネルギーの産生や代謝、活動の亢進などに関与しています。
具体的な働きは以下の通りです。
作用 | 内容 |
---|---|
熱産生作用 | ほとんどの組織における酸素消費量を増加させ、基礎代謝率を上昇させる |
心臓に対する作用 | 心収縮力と心拍数を増加させる |
糖代謝に対する作用 | 糖の吸収を促進し、血糖値を上げる |
神経系に対する作用 | 被刺激性を亢進し、脳の発育を促進する |
骨格筋に対する作用 | 蛋白質を異化し、エネルギーを取り出す |
脂質代謝に対する作用 | 血中コレステロール値や中性脂肪を低下させる |
成長・成熟への作用 | 身体・脳の正常な発育と骨格の成熟に寄与する |
甲状腺ホルモンの合成と分泌
甲状腺ホルモンは、以下のようにして合成されています。
- 濾胞上皮細胞に「ヨウ素イオン」が取り込まれ、濃縮される
- 並行して、「甲状腺刺激ホルモン(TSH)」の作用により、濾胞上皮細胞で「サイログロブリン(Tg)」が合成される
- 「甲状腺ペルオキシダーゼ(TPO)」の作用により、サイログロブリンにヨウ素イオンが結合し、サイログロブリン上で甲状腺ホルモンが完成する
合成された甲状腺ホルモンは、サイログロブリンに結合したまま、コロイドに貯蔵されます。
その後、濾胞上皮細胞に再吸収されてサイログロブリンが分解され、甲状腺ホルモンが血中へと分泌されるのです。
甲状腺ホルモンの種類
甲状腺ホルモンは、サイログロブリンにヨウ素イオンが結合した数と場所によって、以下の3種類に分類されます。
甲状腺ホルモン | 作用 | 分泌割合 |
---|---|---|
T4(サイロキシン) | T3に代謝される | 93% |
T3(トリヨードサイロニン) | 強い生理作用を持つ | 5% |
rT3(リバーストリヨードサイロニン) | ほとんど作用を持たない | 2% |
甲状腺から分泌されたT4は、末梢組織の細胞でT3またはrT3に代謝されます。
身体の状態に合わせて代謝の割合を変化させ、甲状腺ホルモンの生理作用を調節しているのです。
甲状腺疾患の分類
甲状腺疾患は、甲状腺ホルモンの分泌状態や作用状態により、以下の2つに大別されます。
- 甲状腺中毒症
- 甲状腺機能低下症
それぞれについて見ていきましょう。
①甲状腺中毒症
甲状腺中毒症とは、甲状腺ホルモンの増加により、全身の代謝や各臓器の働きが亢進する疾患です。
主要な症状は以下の通りです。
全身症状 | ・全身倦怠感 ・暑がり ・発汗過多 ・体重減少 |
---|---|
精神症状 | ・イライラ ・せん妄 |
循環器症状 | ・頻脈 ・収縮期血圧上昇/拡張期血圧低下 ・心拍出量増加 |
消化器症状 | ・食欲亢進 ・軟便/下痢 |
筋症状 | ・筋力低下 |
神経症状 | ・手指のふるえ |
月経 | ・希発月経/無月経 |
その他 | ・脱毛 ・骨粗鬆症 ・女性化乳房 |
甲状腺中毒症は、さらに以下の2タイプに分類されます。
甲状腺機能亢進症 | ・甲状腺ホルモンの合成 ・分泌が亢進 |
---|---|
破壊性甲状腺中毒症 | 濾胞の破壊により一時的に甲状腺ホルモンが増加 |
②甲状腺機能低下症
甲状腺機能低下症とは、甲状腺ホルモンの減少や作用不足により、全身の代謝や各臓器の働きが低下する疾患です。
主要な症状は以下の通りです。
全身症状 | ・疲れやすい ・動作緩慢 ・寒がり ・発汗低下 ・体重増加 |
---|---|
精神症状 | ・感情鈍麻 ・傾眠傾向 |
循環器症状 | ・徐脈 ・収縮期血圧低下/拡張期血圧上昇 ・心拍出量低下 |
消化器症状 | ・食欲低下 ・便秘 |
筋症状 | ・筋力低下 |
神経症状 | ・異常な感覚 |
月経 | ・月経過多 ・無月経 |
その他 | ・声のかすれ ・脱毛 ・難聴 |
一部例外はあるものの、甲状腺中毒症の症状と対になっているものが多いです。
甲状腺機能亢進症の代表的な疾患
甲状腺機能亢進症の代表的な疾患は以下の通りです。
- バセドウ病
- プランマー病
それぞれについて見ていきましょう。
①バセドウ病
バセドウ病は、20~40歳代の女性に起こりやすい疾患です。
TSHと同様の作用を持つ「TSH受容体抗体(TRAb)」という抗体により、甲状腺ホルモンの合成が亢進します。
バセドウ病の主な症状として、甲状腺のびまん性腫大・眼球突出・頻脈が挙げられます。
その他、不整脈の一種である心房細動がみられるケースも少なくありません。
バセドウ病の治療では、薬物療法として抗甲状腺薬(チアマゾール・プロピルチオウラシル)を投与します。
これらの薬剤はTPOに結合して作用を阻害することで、甲状腺ホルモンの合成を抑制可能です。
薬物療法で良くならない場合や副作用のため投薬できない場合は、手術による甲状腺切除が検討されます。
②プランマー病
プランマー病とは、多くは良性の甲状腺腫により甲状腺機能亢進症をきたす疾患です。
主な原因として、複数の遺伝子変異が特定されています。
バセドウ病とは異なり眼球突出はみられません。
治療としては、主に手術による切除が行われます。
破壊性甲状腺中毒症の代表的な疾患
破壊性甲状腺中毒症の代表的な疾患は以下の通りです。
- 亜急性甲状腺炎
- 無痛性甲状腺炎
それぞれについて見ていきましょう。
①亜急性甲状腺炎
亜急性甲状腺炎は、30~50歳代の女性に起こりやすい疾患です。
何らかの原因(不明だがウイルス感染と考えられている)により濾胞が破壊され、コロイドに貯蔵されていた甲状腺ホルモンが大量に血中へ漏出するために起こります。
主な症状としては、甲状腺の炎症による痛みや、しばしば38℃以上となる高熱がみられます。
甲状腺中毒症状が起こる前に、上気道炎の症状(喉の痛みや鼻水など)が生じるケースも多いです。
亜急性甲状腺炎は、無治療でも数週~数ヵ月の経過で自然治癒するため、軽症例に対しては非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)のみが用いられます。
症状が強いケースでは、副腎皮質ステロイドが用いられる場合もあります。
②無痛性甲状腺炎
無痛性甲状腺炎は、後述する慢性甲状腺炎(橋本病)を基礎疾患に持つ、20~40歳代の女性に起こりやすい疾患です。
TgやTPOに対する自己抗体が陽性であるケースが多く、自己免疫的な機序により濾胞が破壊されていると考えられています。
「無痛性」という疾患名からもわかる通り、甲状腺に痛みはありません。
症状に個人差がみられる点も特徴であり、ほとんど自覚症状がない人もいれば、重度の動悸を感じる人もいるなど様々です。
無痛性甲状腺炎は、多くが3ヵ月以内に自然回復するため、基本的には積極的な治療を行わず経過観察となります。
高度な頻脈がみられるなどのケースでは、対症療法としてβ遮断薬(心臓を休める薬)などが用いられる場合もあります。
甲状腺機能低下症の代表的な疾患
甲状腺機能低下症の代表的な疾患は以下の通りです。
- 慢性甲状腺炎(橋本病)
- 先天性甲状腺機能低下症(クレチン症)
それぞれについて見ていきましょう。
①慢性甲状腺炎(橋本病)
慢性甲状腺炎は、40~50歳代の中年女性に起こりやすい疾患です。
抗Tg抗体もしくは抗TPO抗体が陽性であり、自己免疫的な機序により甲状腺が破壊されていると考えられています。
慢性甲状腺炎の初期では、TSHが上昇することで甲状腺ホルモンの分泌が保たれています。
この状態を「潜在性甲状腺機能低下症」と言い、甲状腺機能は正常です。
しかし、甲状腺の破壊が進んでTSHの上昇も頭打ちとなると、いよいよ甲状腺ホルモンの分泌が低下していきます。
この状態を「顕在性甲状腺機能低下症」と言い、加齢とともに割合が増加します。
初期症状としては、比較的やわらかい甲状腺腫が認められますが、その他の症状はあまり認められません。
進行して顕在性となると、様々な甲状腺機能低下症状がみられます。
また、他の自己免疫疾患と合併しやすい点にも注意が必要です。
治療に関してですが、甲状腺機能が正常で甲状腺腫のみである場合は、経過観察となります。
甲状腺機能低下症の場合は、甲状腺ホルモン(T4製剤)が投与されます。
②先天性甲状腺機能低下症(クレチン症)
先天性甲状腺機能低下症とは、先天的に甲状腺ホルモンの合成・分泌能が低下する疾患です。
新生児を対象とした検査である「新生児マススクリーニング」において、1/2700の割合で発見されます。
新生児と乳児では、それぞれ以下のような症状が主にみられます。
新生児 | ・黄疸 ・腹部膨隆 ・巨舌 ・不活発 ・低体温 |
---|---|
乳児 | ・便秘 ・低身長 ・骨年齢遅延 ・知能低下 ・声のかすれ |
先天性甲状腺機能低下症に対する治療としては、慢性甲状腺炎と同様に、甲状腺ホルモン(T4製剤)の投与が行われます。
まとめ:甲状腺ホルモンは全身に作用する重要なホルモン
甲状腺ホルモンは、全身の様々な臓器・組織に作用しており、代謝や活動の亢進などに深く関与しています。
そんな甲状腺ホルモンが過剰となる疾患が甲状腺中毒症、不足する疾患が甲状腺機能低下症です。
甲状腺中毒症は甲状腺機能亢進症と破壊性甲状腺中毒症に分類され、それぞれバセドウ病やプランマー病、亜急性甲状腺炎や無痛性甲状腺炎といった疾患が該当します。
また、甲状腺機能低下症には、慢性甲状腺炎や先天性甲状腺機能低下症などが該当します。
代表的な甲状腺疾患の症状や治療法について、この機会に覚えてみてはいかがでしょうか。