海外の2024年の記事で、遺伝学の分野で新たな発見があったと報告がありました。
ボン大学病院とボン大学の研究チームは、希少な先天性脱毛症である「モニレトリックス」の原因となる新しい遺伝子変異を特定したのです。
この発見は、髪の毛や皮膚、爪に関連する遺伝性疾患の診断や治療法の発展に向けて重要な手がかりとなるでしょう。
モニレトリックスとは?
モニレトリックスは、幼少期から生涯にわたって髪の毛が折れやすくなるという特徴を持つ、非常に稀な遺伝性の脱毛症です。
通常、発症は生後数ヵ月以内で、主に後頭部の髪の毛に影響を及ぼします。
この病気では、髪の毛が「スピンドルヘアー」と呼ばれる紡錘形の特徴を持ち、髪の毛の途中に結び目が繰り返されるため、その部分が簡単に切れてしまいます。
遺伝的背景とこれまでの研究
では、モニレトリックスについて、今まで何がわかっており、どんな発見があったのか詳しく見ていきましょう。
既知のケラチン遺伝子
従来、モニレトリックスに関連する遺伝子として、KRT81、KRT83、KRT86の3つのケラチン遺伝子が知られていました。
これらの遺伝子における変異が、毛髪の構造を形成するケラチンネットワークを破壊し、髪の毛の強度や成長に影響を与えることがわかっています。
KRT31の新たな発見
今回の研究では、ボン大学の研究チームが、モニレトリックスの疑いがある4家族を対象に調査を行いました。
その結果、従来知られている3つの遺伝子には異常が見られなかったため、エクソーム解析を通じて新たな遺伝子変異を探りました。
その結果、KRT31という別のケラチン遺伝子に変異があることを突き止めたのです。
研究では、ドイツ国内の複数の家族に共通するKRT31変異が確認されました。
これらの家族は地理的に離れた場所から来ており、お互いに面識はありません。
しかし、この変異が共通の祖先に由来している可能性も示唆されています。
KRT31遺伝子で見つかったナンセンス変異とは?
KRT31遺伝子で見つかった変異は、「ナンセンス変異」と呼ばれる種類のものです。
この変異は、タンパク質の合成が早い段階で終了してしまう原因となります。
この結果、生成されるケラチンタンパク質が不完全となり、その機能が著しく損なわれます。
正常なケラチンタンパク質は、細胞を支える重要な枠組みを形成します。
しかし、KRT31のナンセンス変異がある場合、タンパク質の構造が損なわれるため、髪の毛や皮膚、爪に関する病気が引き起こされる可能性があります。
診断や治療への期待
今回の研究により、KRT31を髪の毛や皮膚の疾患を診断するための遺伝子パネルに含めることが提案されています。
これにより、脱毛症などの症状を持つ患者さんへの正確な診断が可能になると考えられています。
現在のところ、KRT31変異がヨーロッパ全土や他の地域でも見つかるかどうかは不明です。
今後は国際的な調査を通じて、この変異の分布や影響をさらに詳しく調べる必要があります。
今回の研究は、ケラチンタンパク質の構造や機能に関する新たな発見となりました。
モニレトリックスだけでなく、他の関連疾患の理解も深まる可能性があるとのことなので、今後の治療に期待です。
髪の毛と遺伝の関係性とは?
モニレトリックスは先天性脱毛症ですが、髪の毛と遺伝の間には、どのような関係性があるのでしょうか。
髪の毛の特徴は、色や質感、本数、太さなど様々ですが、やはりこれらは遺伝の影響を強く受けています。
また、薄毛(特に男性型脱毛症:AGA)の発症も遺伝が大きな要因であることが知られています。
ここからは、髪の毛の遺伝的要素について詳しく探り、考察を加えながらそのメカニズムや文化的影響を考えていきます。
髪の毛の遺伝子は両親から半分ずつ受け継ぐ
髪の毛の特徴を決定する要因の一つに、両親から受け継ぐ遺伝子があります。
人間の染色体は23対あり、それぞれのペアで片方は父親から、もう片方は母親から受け継ぎます。
この引き継ぎ方により、髪の毛の色や質感などが決まるのです。
これらの遺伝子には、優性(ドミナント)遺伝子と劣性(レセッシブ)遺伝子があります。
優性遺伝子がある場合はそれが表現されやすく、劣性遺伝子は両方の親から受け継がれた場合にのみ表現されます。
メラニンが髪色を左右する
髪の毛の色は、毛髪内のメラニン色素によって決まります。
主にユーメラニン(黒色や茶色を作る)とフェオメラニン(赤や金色を作る)の量と比率が関係しています。
黒髪の遺伝子は通常、優性遺伝子として表れやすいため、アジア系の人々では黒髪が一般的です。
一方、ヨーロッパ系の人々では金髪や赤髪が多い傾向にありますが、これらは劣性遺伝子によるものです。
例えば、片親が黒髪で、もう片親が金髪の場合、黒髪の遺伝子が優性であるため、子どもの髪色は黒になる可能性が高いです。
しかし、次世代で金髪の劣性遺伝子が同時に引き継がれる場合、金髪が表れることもあります。
このように、髪色は世代を超えて現れる可能性があります。
くせ毛とストレートヘア
髪質も遺伝の影響を大きく受けます。
くせ毛は、ストレートヘアに比べて遺伝的に優性であるとされています。
そのため、両親のどちらかがくせ毛である場合、子どももくせ毛になる可能性が高くなります。
遺伝の影響は両親だけでなく、祖父母の髪質も影響を与えます。
例えば、両親がストレートヘアであっても祖父母がくせ毛の場合、子どもにくせ毛が現れることもあります。
これは、劣性遺伝子が次世代で表現される典型的な例です。
民族ごとの遺伝的特徴
髪の毛の太さや質感は、民族ごとに大きく異なります。
アジア人の髪の毛は一般的に太くてまっすぐな傾向があり、アフリカ系の人々は太くて縮れた髪の毛を持つことが多いです。
一方、ヨーロッパ系の人々は髪の毛が細く、波状になりやすい特徴があります。
これらの違いは、それぞれの地域で環境に適応する過程で進化した遺伝的変化に由来します。
男性型脱毛症の発症リスク
AGA(男性型脱毛症)は、遺伝的要因が最も大きな要素として知られています。
特に母方の家系からの遺伝が影響すると言われており、母方の祖父が薄毛の場合、その孫も75%以上の確率でAGAを発症するリスクがあります。
また、母方の祖父と曽祖父の両方が薄毛の場合、そのリスクは90%に達するとされています。
そして、男性型脱毛症は男性だけでなく、女性にも遺伝することがあります。
女性の場合は「びまん性脱毛」と呼ばれる広範囲にわたる薄毛が見られることがあります。
この減少も、女性ホルモンの減少に加え、遺伝が大きく影響しているといわれています。
環境要因との相互作用
遺伝が髪の毛の特徴に大きく影響する一方で、環境要因も無視できません。
食生活やストレス、紫外線などの影響により、髪の毛の質や量が変化することがあります。
例えば、遺伝的に薄毛の傾向がある人でも、食事や頭皮ケアを工夫することで進行を遅らせられます。
近年では、AGAやその他の髪の毛の特徴に関する遺伝子検査が普及しつつあります。
そのため、自分のリスクを早くに把握し、予防的なケアや治療を行えるようになりました。
髪の毛の遺伝がアイデンティティに与える影響 }
髪の毛の色や質感、太さは、単なる外見的特徴にとどまらず、個人のアイデンティティや社会的な位置づけに影響を与える場合もあると思います。
特に、遺伝的に決定される髪の毛の特徴は、自己認識や自己表現の一部となり得ます。
例えば、アジア系の黒髪は「清潔感」や「伝統」を象徴することが多く、一方でヨーロッパ系の金髪は「自由」や「個性」の象徴として捉えられることがあるといいます。
しかし、これらの特徴が遺伝によって自分で選べないものであることが、時に心理的負担となる場合もあります。
縮れ毛を持つ人がストレートヘアを理想とする文化に生まれた場合、自分の遺伝的特徴に劣等感を抱くこともあるでしょう。
このような場合、髪型や質感を変える美容技術が心理的なサポートとなることがありますが、遺伝的特徴への否定が根底にある場合、それが自己肯定感の低下に繋がる危険性もあります。
髪の毛の遺伝と美意識の多様化
過去には、特定の髪の毛の色や質感が「美の基準」として偏重される傾向がありました。
もちろん今でもその傾向はありますが、近年では様々な美意識が受け入れられるようになったようにも感じます。
かつては「ストレートで黒髪が美しい」とされた日本においても、くせ毛や明るい髪色がファッションや自己表現の一環として支持されるようになっています。
薄毛(AGA)遺伝の心理的影響
薄毛、特にAGAの遺伝的要素について考えると、これは外見的な問題を超えて、心理的・社会的影響を及ぼします。
「父親や祖父が薄毛だったから、自分もいずれそうなる」という思いは、予防策を取る動機となる一方で、無力感やストレスを生むこともあるでしょう。
さらに、薄毛は年齢や老化の象徴と見なされるため、社会的な偏見や不安感を引き起こす場合もあります。
このような場合、AGA治療や植毛といった技術が役立つ一方で、金銭的な抵抗があるでしょう。
自分の遺伝的特徴を受け入れるためには、外見を超えた自己価値を見出すことが必要です。
まとめ
今回の研究は、遺伝子変異によるモニレトリックスの原因解明に一歩近づく重要な発見です。
KRT31の変異を特定することで、髪の毛や皮膚、爪に関連する疾患の診断や治療法の開発に新たな道が開かれました。
髪の毛は遺伝によってその特徴が決まることが多く、自分ではコントロールできないことも多いもの。
薄毛に関しては薬剤や手術といった方法があるものの、治療費が高いことや健康そのものに影響しないことから、遺伝による影響はいまだ大きいといえます。