2023年8月、海外の医療サイトに大変興味深い記事が上がりました。
その記事は、ガイ病院とセント・トーマス病院の外科医たちが協力し、乳がん手術の待機リストを大幅に削減したというものです。
彼らの取り組みは特に注目に値し、乳がん患者にとって大きな希望となる事例ですが、一体どんな方法を取り入れたのでしょうか。
手術はどれくらい待たなければならないものなの?
もし、医師から手術が必要だと告げられたら、できるだけ早く手術をしてもらいたいと思うものではないでしょうか。
「手術を待っている間に病状が悪化したらどうしよう」「不安から早く解放されたい」、そんな気持ちになる人が大半です。
以下は、国立がん研究センター東病院の治療待ち時間に関する情報です。
病院での治療待機期間がどれほどかかるかを、診療科や疾患ごとに示しています。
あくまで目安ですが、これから受診を考えている方、または現在治療を待っている方にとっても、参考になる情報ではないでしょうか。
患者さんが初診を受けてから実際に治療を開始するまでの大まかな目安を見てみましょう。
消化器系のがん
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食道がん
食道外科による手術の待機時間は約8週間、内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)は約5週間待ちです。
化学療法の入院は2週間~4週間。 -
胃がん・胃腫瘍
胃外科の手術は約4週間、ESDは約3週間の待機が必要です。
化学療法の場合は約1週間で入院可能です。 -
大腸がん・大腸腫瘍
大腸外科での手術は6週間待ち。
ESDは4週間で実施可能です。
肝胆膵がん
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肝がん
肝胆膵外科による肝がん手術は5週間、その他の肝手術は6週間。
肝胆膵内科では、化学療法の入院が1週~2週、穿刺療法や肝動脈塞栓術なども1週から4週間の待機時間があります。 -
膵がん
手術待機は約5週間、その他の膵手術は6週間待ちとなります。
放射線化学療法は約1週間の待機で実施されます。
乳がん・乳腺腫瘍
- 乳がん
乳腺外科による手術は約5週間待ちます。
外来での化学療法は、比較的早い段階で受けられます。
泌尿器がん
- 前立腺がん
前立腺がんの手術は泌尿器科で9週間ほど待ちます。
その他の泌尿器がん手術は8週間、膀胱腫瘍の切除術(TURBT)は約3週間待ちです。
精巣がんの場合は、手術までの待機時間は1週間と比較的短いです。
その他のがん
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頭頸部がん
頭頸部外科での手術待機は、再建を伴わない手術で約3~4週間、再建手術は約4週間かかります。 -
甲状腺がん
甲状腺手術は5週間待ちです。 -
肺がん
呼吸器外科での肺がん手術は約2週間、化学療法のための入院は1週間~2週間で対応可能です。
病院によって手術を待つ期間は異なります。
手術が必要かどうか判断するためにかかる時間もありますし、検査を受けてもその結果はすぐには出ない場合があります。
いずれにせよ、必要なら早い段階で手術をしてほしいものですが、多かれ少なかれ待たなければいけないことがほとんどのようですね。
乳がん手術の待機リストを大幅短縮した方法とは?
世界中で手術待ちをしている人が多い中、海外ではその待機リストを一気に減らしたという驚きの情報が舞い込んできました。
ガイ病院とセント・トーマス病院の外科医が行ったのは、なんとわずか5日間で通常3ヵ月分に相当する乳がん手術を行ったというものです。
22名の患者さんに対して乳房再建手術を実施し、その中には1年以上も待機していた患者さんも含まれていたというから驚きですね。
患者さんのうち9名は、顕微手術を用いた高度な再建術を受けたとのこと。
この手術は、自身の組織を使って新たな乳房を作り上げるという技術で、自然な見た目と機能を保てる方法です。
「HIT( the High Intensity Theatre)リスト」を使った手術
このプロジェクトを推進したのは、同病院の麻酔科医であるイムラン・アフマド医師です。
彼は「HIT( the High Intensity Theatre)リスト」という手法を改良し、手術の効率化を図ることに成功しました。
複数の手術室の同時稼働
HITリストの改良版は、通常よりも多くの手術を安全かつ効率的に行うために、複数の手術室を同時に稼働させるというものでした。
また、週末を含む5日間連続での手術を実施し、追加スタッフを配置することで、長時間かかる手術も含めたスケジュールをこなすことができたそうです。
HITリストを考案したアフマド医師は、手術室の効率を最大化し、より多くの患者さんを短期間で手術できるようにするための手法を開発したことになります。
彼は手術室をF1レースのピットストップのように効率化し、外科医が無駄な時間を過ごさずに次々と手術を行えるようにしたのです。
今度も定期的にHITリストの改良版で手術を行えば、これまでよりも安全に多くの手術を行えるようになるのではないでしょうか。
患者さんのケアもバッチリ
さらに、HITリストはただ手術のスピードを上げるだけでなく、患者さんへのケアの質を保つことにも力を入れたそうです。
手術を受ける前には、患者さんが形成外科医や麻酔科医、専門の看護師と一度に相談できる「HITクリニック」が設置され、術前検査やリハビリの準備も整えられました。
このように、患者さん一人ひとりが手厚いサポートを受けられる体制を整えたとのことです。
形成外科リーダーの声
形成外科のリーダーであるパリ・ナズ・モハンナ氏は、「私たちは、新たに乳がんと診断された患者さんへの手術を続けながら、再建手術の遅れにも安全に取り組みたいと考えていました」とコメントしています。
彼女は、複雑で時間のかかる手術にもHITリストを適用するために、多くの医療スタッフと協力し、綿密に計画を立てました。
この取り組みの結果、患者さんたちは術後も安心して治療を受けることができ、スタッフ全員の情熱と献身が大きな支えとなったそうです。
乳房再建手術を受けた患者さんの声
実際に手術を受けた患者さんの声も、このプロジェクトの成果を裏付けています。
39歳の美容師シャンタさんは、乳がんのステージ3と診断され、乳房再建手術を受けました。
彼女は「治療の間に再建手術を受けられたことは本当に幸運でした」と感謝の意を示しています。
また、彼女はスタッフ全員を「ヒーロー」と呼び、特にモハンナ氏の言葉に救われたと語っています。
もう一人の患者さん、69歳のヴァレリーさんも、乳房再建手術を受け、その後の経過に非常に満足していると話しています。
彼女は、スタッフの親切さと高い医療技術に感謝し、「この手術を受けられて本当に嬉しい」と喜びを表しています。
他分野にも広がる効率の良い手術
現在、このHITリストのモデルは他の外科分野にも応用されており、胃腸科、婦人科、整形外科など多岐にわたる分野で活用されています。
これまでに23のHITリストを使用し、410名以上の患者さんが手術を受けました。
その結果、病院全体の手術待機リストが大幅に短縮され、多くの患者さんが早期に治療を受けられるようになったのです。
アフマド医師は、当初は比較的短時間で終わる簡単な手術からこのモデルを導入したと説明していますが、現在では複雑で長時間かかる手術にも適用されており、多くの患者さんがその恩恵を受けています。
手術待ちの間にできること
今回のような画期的な手術の情報があるとは言え、毎回このような手術ができるとは限りません。
となると、手術待ちの間にどう過ごすかが大切ですよね。
そこでご紹介したいのが、産業医科大学が作ったガイドブックです。
このガイドブックには、がん患者の手術日までの過ごし方が書かれています。
「プレハビリテーション」とは?
特にがんの手術を控えた患者さんに勧められているのが「プレハビリテーション」です。
プレハビリテーションとは、手術前から身体機能を整え、術後の回復を促すための取り組みを指します。
がんの手術を控えていると、ショックや不安から体力や栄養状態が悪化してしまうことがあります。
その結果、術後の合併症リスクが増加することも。
しかし、プレハビリテーションを行うことで、術前の体力を維持・向上させ、手術後のリスクを減らし、早期回復を目指せるのです。
プレハビリテーションの3つの柱
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運動
手術前に行う運動は、持久力や筋力を向上させるためのものです。
術後の回復がスムーズになるメリットがあります。
有酸素運動や筋力トレーニングが含まれ、無理のない範囲で取り組むことが重要です。 -
栄養サポート
栄養状態が悪化すると術後の回復が遅れることがあります。
適切な食事指導を受け、体力を保つための栄養補給を心がけるようにします。
特にたんぱく質をしっかり摂ることが推奨されています。 -
精神的ケア
手術を控えた不安な気持ちに対しては、カウンセリングやリラクゼーション法を取り入れ、心の準備を整えることで手術への不安を軽減します。
プレハビリテーションが必要な人
すべての患者さんにとって有益なプレハビリテーションですが、特に以下に該当する方には、より重要とされています。
- 高齢(75歳以上)の方
- 日常生活に制限がある方
- 糖尿病や呼吸器の持病がある方
- 栄養不足や体重減少が見られる方
- 筋肉量の低下が感じられる方
- 抗がん剤や放射線治療を受けている方
これらに該当する方は、術後の合併症リスクが高いため、特に念入りな準備が求められるとのこと。
手術待ちの間、ただ不安を抱えて過ごすのではなく、プレハビリテーションを取り入れることで術後の回復力を大いに高められます。
運動、栄養、そして心のケアを整えることで、身体と心の準備を万全にし、手術に臨めると良いですね。
まとめ
一番の理想は手術待ちの期間がないことですが、そうも言ってられない世の中では手術の効率アップが鍵となります。
今回ご紹介した海外の事例のように、手術の待機リストが減るのはとても喜ばしいことですね。
この手術方法を考案した医師のように、考え方を変えることで解決することもあります。
ただ、今回ご紹介したような方法では人手が必要になるため、万全の策とは言えません。
患者さんが増える中、どういった方法で乗り切っていくかはまだまだ課題となりそうです。