皆さんは、鎌状赤血球症という病気をご存じでしょうか。
この病気は遺伝性の貧血病で、赤血球の形状が鎌状になっていることから鎌状赤血球症と名づけられました。
この病気を持っている女性が出産することは大きなリスクを伴いますが、2024年8月27日、イギリスのガイズ・アンド・セント・トーマスNHS財団(Guy's and St Thomas' NHS Foundation Trust)は、鎌状赤血球症の妊婦を対象とした初の試験について報じました。
この記事では、その経緯や結果について説明していきます。
鎌状赤血球症とは?
まずは、鎌状赤血球症(SCD)の症状について、もう少し詳しく説明しましょう。
鎌状赤血球症は、血液中の赤血球が正常な円盤状から鎌のような形に変形してしまう遺伝性疾患です。
異常な赤血球は酸素を十分に運べず、体内での血流を妨げ、痛みや臓器障害を引き起こすことがあります。
この疾患に罹患した人は、定期的な痛みや疲労感、貧血などの症状に苦しむだけでなく、脳卒中、肺高血圧、腎不全などの深刻な合併症を引き起こすリスクも高まります。
特に妊娠中の女性は、ホルモンの変化や血流の増加によってさらなるリスクを抱え、通常の妊娠よりも合併症を引き起こしやすくなります。
SCDを持つ妊婦は、胎児の健康を守るために入院や集中治療が必要になることもあり、英国では毎年約110人の女性がこの疾患を抱えたまま妊娠しているそうです。
妊娠リスクがある病気
鎌状赤血球症以外にも、妊娠リスクがある病気は多数あります。
妊娠前から持っている病気があると、妊娠中に合併症が発生するリスクが高まることがあるのです。
これに該当する主な疾患には、以下のものがあります。
- 高血圧
- 糖尿病
- 腎臓の病気
- 腎臓感染症
- 心不全
- 性感染症
- 卵管の異常
これらの疾患を持つ女性は、妊娠前にできるだけ健康状態を改善するために、医師と十分に相談しないといけません。
妊娠中は、複数の分野の専門家によるサポートが必要になることが多く、こうしたチームには産科医、疾患の専門医、さらに栄養士などの医療専門職が含まれることがあります。
身近な病気もあるので、妊娠・出産がいかに女性に負担をかけるかがわかりますね。
TAPS2試験とは?
そこで、SCDの妊婦のリスクに対応すべく実施されたのがTAPS2試験というものです。
TAPS2試験の目的は、SCDの女性が妊娠中に抱えるリスクや合併症を軽減するための治療法を探ることです。
TAPS2試験の協力機関
TAPS2試験は、イギリスの国立医療研究機構(NIHR)の支援を受け、複数のNHS財団トラストによって実施されています。
NHSはイギリスの医療サービス機関のことで、以下の機関がこの実験に協力しています。
- ガイズ・アンド・セント・トーマスNHS財団
- キングス・カレッジ病院
- ウィッティントン・ヘルス
- セント・ジョージ大学病院
- セント・メアリーズ・マンチェスター大学病院
SCDが原因で、女性は合併症を発症する可能性が非常に高くなり、妊娠による身体への負担がリスクをさらに悪化させることがあります。
例えば、妊娠中には高血圧や、胎児への酸素供給が不足するリスクが高まるため、特別なケアが必要となります。
このため、専門の産科医や血液学者が、妊娠中の女性と胎児の健康をチェックし、定期的に経過を観察しています。
鎌状赤血球症の薬剤は妊婦に使えないの?
SCDの治療法としては、主に2つの選択肢があります。
1つは、SCDの症状を抑制するために使用されるヒドロキシカルバミドですが、この薬剤は妊娠中の胎児に悪影響を及ぼす可能性があるため、妊娠中は推奨されていません。
もう1つは、SCDによって変形した赤血球を置換するための輸血治療です。
また、新しい治療法であるクリザンリズマブも開発されていますが、これも妊婦には適していないとされています。
妊娠中の輸血治療の現状
これまで、鎌状赤血球症の妊婦に対しては、体調が悪化した場合に輸血を行うのが一般的でした。
しかし、このアプローチは予防的な措置ではなく、症状が悪化してからの対処療法に過ぎないため、さらなる改善が求められていました。
今回の試験はこれまでとは異なり、定期的に予防的な輸血を行うことで、母体と胎児の健康を維持できるかどうかを検証することがポイントです。
輸血は、成分分析という技術を用いて行われ、患者さんの血液から鎌状赤血球を除去し、健康な赤血球を補充するプロセスでになります。
この方法により、妊娠中の合併症を未然に防げるのではないかと期待されているのです。
TAPS2試験の実施方法
今回の研究では、TAPS2試験チームが、SCDを持つ妊婦が定期的に交換輸血(SPEBT)を受けることで、通常のケアを受けている他のSCD妊婦よりも合併症が少なくなるかどうかを調べています。
この試験の主な目的は、SCDを持つ妊婦をランダムに2つのグループに分け、1つのグループは定期的な予防的交換輸血(EBT)を受けるグループ、もう1つは通常のケアを受けるグループに割り当て、どちらがより安全で効果的かを比較することです。
輸血を行うグループは、SCDによる合併症を防ぐために定期的に輸血を受け、もう一方のグループは、必要に応じて輸血を行う従来の治療法を受けます。
この試験では、妊娠期間中だけでなく、陣痛、出産、新生児期に至るまでの母親と赤ちゃんの健康状態を細かく記録します。
加えて、SCDによる健康リスクや、病院への通院、入院の頻度、治療にかかるコスト、そして妊娠中に受けた薬物療法や検査結果もデータとして収集していきます。
輸血の安全性は特に注目され、慎重に監視されることになります。
さらに、この研究には別の「サブ研究」も含まれています。
サブ研究では、メインの研究に参加するかどうかを選んだ女性たちにインタビューを行い、参加を決めた理由や参加しなかった理由を掘り下げます。
女性たちの選択に影響を与える要因を明らかにし、今後の研究に役立てることを目的としています。
TAPS2試験の意義
TAPS2試験は、ロンドンにあるガイズ病院とセント・トーマス病院で実施されました。
今回の試験に参加した女性たちは、輸血を定期的に受けることに前向きであり、治療の効果や安全性についてのデータが集まったそうです。
このデータは、今後のより大規模な臨床試験に向けた基盤となり、鎌状赤血球症の妊婦に対する標準的な治療法の改善に役立つと期待の声があります。
試験を主導したユージン・オテン・ンティム教授は、試験に参加したすべての女性に感謝の意を表し、今後さらなる研究が進むことで、より多くの鎌状赤血球症患者が安全に出産できる環境が整うと述べています。
試験に参加した女性の声
今回の試験に参加した妊婦の一人であるオレ・オフェ・アジェイベ医師は、定期的に輸血を受けた経験について詳しく語っています。
彼女は、試験期間中に毎月診察を受け、輸血のたびに病院で血液検査を行いました。
輸血には約2時間かかり、その間、ベッドに横たわっている必要がありました。
片方の腕から血液が排出され、もう片方の腕から健康な赤血球が体内に入るという形で行われました。
オレ・オフェ医師は、病院スタッフからの手厚いサポートを受けたことに感謝の意を表し、特に担当のコンサルタントが自分と家族のことを非常に気遣ってくれたことを強調しています。
彼女は、「自分が単なる研究の実験体であると感じたことは一度もなく、医療スタッフが全力でサポートしてくれた」と述べています。
最終的に、彼女は2022年11月に健康な女児を出産しました!彼女は、今回の試験が妊娠において非常に重要な役割を果たしたと語っています。
予防的輸血のメリットと課題
今回の研究は、鎌状赤血球症の妊婦に対して、予防的な輸血がどのようなメリットをもたらすかを示すものであり、今後の治療法の改善に大きな影響を与えると期待されています。
特に、定期的な輸血が早産や低出生体重といった合併症を減らし、母親と胎児の健康状態を改善するかどうかが注目されています。
しかし、この治療法にはいくつか課題もあります。
例えば、定期的な輸血には時間がかかり、患者さんの身体への負担も考慮する必要があります。
また、輸血に伴う副作用や感染症のリスクも無視できません。
そのため、より安全で効率的な方法を模索するためにさらなる研究が必要です。
一方で、SCDの妊婦に対する治療法が限られている現状を考えると、予防的輸血が選択肢の一つとして広く受け入れられる可能性は高いでしょう。
特に、妊娠中の健康リスクを減らすための手段として、今回の試験結果は今後の研究において重要な役割を果たすのではないでしょうか。
将来の展望
鎌状赤血球症の妊婦に対する「予防的輸血」の効果が確認されれば、この治療法は標準的な治療となる可能性があります。
現在、SCDを持つ女性にとって妊娠は依然として大きなリスクを伴うものですが、今回の試験が示したように、輸血によってそのリスクを大幅に減少させられるかもしれません。
今後は、より大規模な臨床試験が必要とされており、さらなるデータが集まることで、妊婦と胎児にとってより効果的な治療法が確立されることが期待されています。
SCDに対する理解が深まり、治療法が進化することで、より多くの女性が安心して妊娠・出産を迎えることができる未来が実現するでしょう。
まとめ
鎌状赤血球症の妊婦に対する初の定期的な輸血試験は、妊婦と胎児の健康を守るための新たな治療法を探る重要な一歩となりました。
今後のさらなる研究が進むことで、この治療法が未来では当たり前になっているかもしれませんね。