注意欠如・多動症(ADHD)は、近年社会的認知が高まっている発達障害の一つです。
その特徴は「不注意」と「多動・衝動性」ですが、実は、このADHDの特性は、退化ではなく進化だと唱える人たちがいます。
人類が狩りをしていたころは優位に働いた「不注意」と「多動・衝動性」は、現代のデジタルジャングルでは不利に働くようになってしまいました。
この記事では、昔はADHDの性質がどのように働いていたのか、現代の暮らしにおけるADHD特性のメリットは何かについて説明していきます。
ADHDとは?
厚生労働省のサイト「e-ヘルスネット」によると、ADHDの発症には遺伝的要因が大きく関与していると考えられているとのこと。
脳内の前頭葉や線条体におけるドーパミンの機能に関する研究が進んでおり、これらの領域の活動が通常とは異なることが分かってきました。
まずは、ADHDについて詳しく見ていきましょう。
ADHD診断基準
診断は専門医による詳細な観察と評価に基づいて行われます。
アメリカ精神医学会の診断基準では、症状が12歳以前から現れ、複数の環境で一定期間持続すること、そして日常生活に支障をきたしていることなどが重要なポイントとなります。
しかし、ADHDの症状に似た行動は他の要因でも引き起こされる可能性があります。
例えば、虐待や不安定な家庭環境、あるいは他の身体疾患が原因である場合もあります。
そのため、総合的な医学的評価が不可欠なのです。
ADHDの治療法
ADHDへの対応は、環境調整、行動療法、そして必要に応じて薬物療法を組み合わせて行います。
環境調整では、集中しやすい学習環境の整備や、タスクを小さな単位に分割するなどの工夫が効果的です。
行動療法では、望ましい行動を強化し、問題行動を減少させる取り組みを行います。
即時的で具体的な褒め言葉や報酬システムの導入が有効です。
親がこれらの技術を学ぶ「ペアレントトレーニング」も広く行われるようになっています。
薬物療法については、2022年5月現在、日本でADHDに対して保険適応のある薬剤は以下の通りです。
- メチルフェニデート(コンサータ)
- アトモキセチン(ストラテラ)
- グアンファシン(インチュニブ)
- リスデキサンフェタミンメシル酸塩(ビバンセ)
学校で困ることが多いのか、学校でも家でも困ることが多いのかなど、医者が患者さんやその家族の意見を聞いて、薬剤を選びます。
ADHDの祖先が優秀だったワケ
スマホやパソコンを使う現代では、ADHDは厄介だとされています。
しかし、人類が狩りをしてくらしていた時代には、むしろ優秀とも捉えられていました。
人類の歴史は壮大な物語です。
私たちの祖先は、何百万年もの間、広大な大地を放浪し、自然と共に生きてきました。
その長い旅路の中で、彼らは驚くべき適応能力を発揮し、様々な環境で生き抜くスキルを磨いてきました。
そして今、私たちはその遺産を受け継ぎながら、全く異なる世界に生きているわけです。
はるか昔、人類は、朝日とともに目覚め、新たな土地を目指して移動をしていました。
毎日が予測不可能で、瞬時の判断と行動が求められる、そんな時代です。
このような生活環境の中で、私たちの祖先はある能力を進化させていきました。
常に周囲に注意を払い、素早く反応し、直感的に行動する能力です。
これらの特性は、現代では注意欠陥多動性障害(ADHD)と呼ばれるものと似ていますよね。
当時の環境では、これらの特性は生きるためにむしろ必要だったでしょう。
ADHDが有利だった時代は果てしなく長い
人類の歴史を紐解くと、私たちの祖先が長い間、狩猟採集生活を送っていたことがわかります。
この時代は、約260万年前から1万年前まで続いた旧石器時代と重なります。
この期間、人類は自然環境から直接食料を得る生活を送っていました。
人類の歴史全体を24時間に例えると、農耕が始まったのはわずか5分前!
つまり、私たちの遺伝子の大部分は、狩猟採集生活に適応するよう形作られてきたのです。
この長い適応の過程で、私たちの脳や身体は自然界のリズムと深く結びつきました。
例えば、太陽の動きや季節の変化に合わせて活動するパターンが、私たちの体内時計に組み込まれていますよね。
また、いつ食料が手に入るかわからないので、効率的にエネルギーを蓄積する代謝システムも発達しました。
現代人の身体は、外見上は大きく変化していますが、内部の生理機能や代謝プロセスは驚くほど旧石器時代と似ているそうです。
私たちの身体は今でも、狩猟や採集のための長時間の歩行に適した状態を保っているのです。
この「原始的な設計図」に注目し、祖先から受け継いだ生物学的特徴を活用した例もあります。
例えば、断食や高強度インターバルトレーニングなどは、狩猟採集時代の生活パターンを模倣したものと言えるでしょう。
このように、私たちの身体は過去の遺産を色濃く残しています。
これだけ長い間、人類のうち今で言うADHDの特性がないと生きるのが困難であったことを考えると、現代に合わせられる方がすごいと思えますね。
E.O.ウィルソンの唱える「進化的ミスマッチ」
時は流れ、私たちの生活様式は劇的に変化しました。
狩猟採集の日々は遠い過去のものとなり、私たちは農耕社会を経て、現代の都市型社会へと移行しました。
しかし、私たちの遺伝子や脳の構造は、その変化のスピードについていけていません。
私たちは現代社会に生きる「原始人」といったところですね。
この状況は、進化心理学者のE.O.ウィルソンが1998年に述べた言葉で言い表すことができます。
「人類の本当の問題は、私たちが旧石器時代の感情、中世の制度、そして神のような技術を持っていることだ」と。
私たちが直面しているジレンマを見事に言い表しているのではないでしょうか。
ADHDの人々が困る現代の暮らし
現代社会の多くの環境は、ADHDの特性を持つ人々にとって刺激が少なすぎる場合があります。
教室やオフィスの個室など、静かで単調な環境は、常に新しい刺激を求める脳にとっては退屈な場所かもしれません。
その結果、集中力の維持が難しくなることがあります。
一方で、デジタル技術がもたらす絶え間ない通知や情報の流れは、別の意味で問題を引き起こします。
ADHDの特性を持つ人々は、これらの刺激に対して敏感に反応し、気が散ってしまう傾向があるからです。
また、ソーシャルメディアやオンラインゲームなどで得られる満足感は、衝動的な行動を引きおこしやすくなります。
大成功を収めたADHDの人々
ADHDの特性が現代の暮らしに合わないことはデメリットですが、アンナ・マクラフリン博士は、ADHDの特性を適切に活用すれば大きな強みとなる可能性があると言います。
例えば、創造性の分野では、ADHDの特性が独創的な発想や革新的なアイデアを生み出す源泉となることがあるとのこと。
レオナルド・ダ・ヴィンチのような歴史上の天才たちの中にも、ADHDの特性を持っていたと考えられる人物がいます。
彼らの多方面にわたる興味と独特の思考パターンが、革新的な発明や芸術作品を生み出したのかもしれませんね。
現代社会でも、ADHDの特性を活かして成功を収めている人々は少なくありません。
オリンピック選手のマイケル・フェルプスや体操選手のシモーネ・バイルズ、俳優のエマ・ワトソンなど、様々な分野で活躍する有名人たちがADHDを公表しています。
彼らは、自身の特性を理解し、それを強みとして活用することで、卓越した成果を上げています。
このように具体的な有名人を知ると、特段悲観すべきこととも思えませんよね。
人類がはるか昔に持っていた特性を、現代に上手くアジャストしていると言えます。
ADHDだからこそのメリット
起業家精神もADHDの特性と密接に関連していると言われています。
新しいアイデアを生み出し、リスクを恐れずに挑戦する姿勢は、ビジネス界で大きな成功をもたらす可能性があります。
実際、ADHDの診断を受けた人々の中には、起業家として成功を収めている人が多いことが研究で示されているそうですよ!
また、ADHDの特性を持つ人々は、特定の分野に対して強い情熱を持ち、そこに集中する能力に優れていることがあります。
この「ハイパーフォーカス」と呼ばれる状態では、長時間にわたって高度な集中力を維持し、驚くべき成果を上げるとのこと。
しかし、これらの強みを発揮するためには、適切な環境と支援が必要になることも。
ADHDの特性を持つ人々が自身の長所を理解し、それを活かせるような教育システムや職場環境を整備することが重要ではないでしょうか。
同時に、デジタル技術の使用方法や、ストレス管理、時間管理のスキルを身につけることも必要でしょう。
まとめ
ADHDは、現代社会では厄介者扱いされることが多く、そうした例もたくさんあるのは事実です。
しかし、ハロウェル博士が、著書「ADHD 2.0」の中で、創造性、革新性、共感を育めるメリットがある一方で、激しい注意散漫や脳の混乱を引き起こし、集中が難しいデメリットがあると述べているように、個性にはメリットとデメリットの両方があるものです。
現代にはデメリットの面を抑えるための薬剤もありますし、上手くコントロールしていく術を身につければ、社会に馴染めるようにもなります。
今回ご紹介したように、超有名人や成功者もADHDを公表しているわけですからね。
深く悩むよりは、自分の特性を活かす方法を考えることに時間を使った方が有意義だと言えるでしょう。